しあとりかる-Theatrical-’s blog

観たこと聴いたことに愛あるツッコミを!!

BASIA 「Sweetest Illusion 」

Sweetest Illusion

Sweetest Illusion

1. Drunk On Love

彼女の代表曲。この骨太なグルーヴ感がいいですねぇ。
2. Third Time Lucky

軽やかで楽しいから好きな曲
3. Yearning
4. She Deserves It/Rachel's Wedding
5. An Olive Tree
6. The Sweetest Illusion
7. Perfect Mother
8. More Fire Than Flame
9. Simple Pleasures
10. My Cruel Ways
11. The Prayer Of A Happy Housewife



もう15年以上も前の作品になってしまうのですねぇ。
名曲ぞろいでアルバムが出た頃,随分リピートして聞きまくっていました。


今年の夏,ひょんなことから「再会」。
ふと思い立って,彼女の経歴を調べて見ました。BLUE NOTE TOKYOブルーノート東京公演のときのサイトに興味深い記載がありまして。

ポーランドクラクフ近郊のヤヴォルズノで、アイスクリーム屋を営む家に生まれた*1 。本名は、バーバラ・スタニセワ・チェチェレフスカ。幼い頃から両親の指導でピアノを弾くうち、自ずと歌うことにも目覚める。特に熱中したのは、アレサ・フランクリンスティーヴィー・ワンダー、シュプリームス、アース・ウィンド&ファイアなどのソウル・ミュージック。キャロル・キングの〈つづれおり〉は、英語を覚える手掛かりになったという。社会主義体制下では闇ルートにしかないこれらのレコードを手に入れては、すり切れるまで聴いて歌うことの動機を啓発していく。その結果、15歳で地元のヴォーカル・コンテストで優勝したのを機にプロの道へ進み、79年に渡米。シカゴのポーランド地区などで活動し、次は81年に勇躍ロンドンへ。パートナーとなるダニー・ホワイトと運命的出会いを果たすと、ファンク・バンドを主催した後、揃って“マット・ビアンコ”結成に中心役として参加。グループのデビュー作『探偵物語』で歌った〈30秒の奇跡〉がヒットし、照明の当たる場所に立った。ソロ・デビューは、“マット・ビアンコ”を離れた86年、ダニー・ホワイトと二人三脚で『タイム・アンド・タイド』を発表。日本ではタイアップTVCF効果も手伝って大ヒットとなり、’88年に東京のクラブのこけら落としに初来日。’90年のセカンド・アルバム『ロンドン・ワルシャワ・ニューヨーク』をビルボード・チャートのトップにつけることで、グローバル・ポップのディーヴァとして押しも押させぬ存在に。’94年の『スウィーテスト・イリュージョン』ではグローバル路線になお磨きをかけ、ワールド・ツアーの成果を’95年の『バーシア・オン・ブロードウエイ』に集成。
(後略)

ボサ・ノヴァとか,ジャズにジャンル分けされる彼女。
ソウル・ミュージックの素養がしっかり入っているところに,ピンと来たのかなぁ・・・
鉄のカーテンを超えて,ソウル・ミュージックってこんな風に聞かれていたんですね。意外な発見。

*1:彼女は1954年9月30日生