しあとりかる-Theatrical-’s blog

観たこと聴いたことに愛あるツッコミを!!

藤沢周平「蝉しぐれ」

蝉しぐれ (文春文庫)

蝉しぐれ (文春文庫)

去年,映画化された作品。
映画の方は観てないけれども,気になる藤沢作品ということで読んでみた。


文庫本で460ページ超という長編にもかかわらず,3日で行き帰りの通勤電車の中で楽々と読み終えてしまうぐらい,読みやすい作品。
好きだなぁ,このはなし。
何がこの作品の魅力なんだろう?と考えても,いい言葉が浮かんでこない。
う〜ん。


文芸評論家の秋山駿氏が文庫版で大絶賛の解説を書いており,この作品の3つの要素を挙げている。
1 悠然たる静かな展開の調子
2 その展開を破って主人公の速度ある小気味いい行動が発すること
3 はなしの中で出てくる人間図や街を囲むところの,自然とか季節の描写


これを手がかりにこの作品の魅力をみてみると・・・


はなしの展開のスピードでいえば,最初は静かに丁寧に主人公・牧文四郎の父の死とその後の文四郎が息を潜めて生きる不遇な境遇が語られる。それが一転してクライマックスでは,一気にスピードアップして息もつかせぬ展開に。最後はまたゆったりと切ない余韻を残して話が閉じられる。その緩急のつけ方がいい。


自然や季節の移り変わりの描写は,短い文章ながら,その情景が細かく目に浮かぶもの。
秋山氏の解説を読むまで,簡潔な文章だという意識はあまりなくて。
それぐらい,文章の表情が豊かということかと。


主人公の微妙な心の動き,例えば,父が謀反人となり不遇な境遇に置かれた自分に対する藩内の冷ややかな対応について徐々に変化していく心情とか,藩の実力者に自分だけでなく自分と関わった多くの人間が手駒のように弄ばれたことに対する強い憤りとか,さまざまな感情が簡潔な文章でストレートに伝わってくる心理描写が魅力的。
作者の人間の心の奥深くを温かくも鋭く描き出すその姿勢に共感を持てて。


う〜ん,あらすじを書いても,この作品の面白さを伝えることは難しいので,こんなぼんやりとしたことしか書けないや・・・


話の展開も無駄のない伏線が張ってあり「なるほど,ここでこれが繋がってくるんだ・・・」とか思ったり。
これも,伏線だよなぁ・・・なんて思ったら思わぬ展開になったり。


そんなこんなで,この作品のよい雰囲気を映画で出すのは難しいだろうなぁ〜と思うと,映画を観るのがちょっと怖い。
同じ藤沢作品の「たそがれ清兵衛」の映画(エントリーはこちら)はすごくよかったんだけどなぁ。